1998/10/11 竹内弘直

バーボンウイスキー最新事情

--ケンタッキーの蒸留所を訪ねて--

日本バーボンウイスキー普及協会専務理事・東京支部長 竹内弘直

9月中旬、しばらくぶりにバーボンウイスキーの故郷、アメリカ・ケンタッキー州を 訪問した。今回の目的は、長年の目標であったケンタッキーのすべての蒸留所を視察 ・取材することであり、バーボンウイスキーの現在の姿を追ってみたかった。また、 今年で第六回を迎える「バーボン・フェスティバル98」にも出席してきた。

長年、日本バーボンウイスキー普及協会の仕事をしてきて、酒販店の方々やバーな ど業務店の方々から質問される中では「現在実際に稼動している蒸留所はどこ?」と いう問いが一番多い。私なりに調べた範囲で答えてきたが、腑に落ちないところもあ った。そこで今回、日本の輸入元各社に現地と連絡をとっていただき、四日間で全 蒸留所を訪問するというハードなスケジュールを組んだ。

●個性化する蒸留所

初日、最初に取材したのはケンタッキー州ルイビルの西、オーエンズボロにある「チ ャールズ・メドレー社」であった。オーエンズボロは最盛期には50ほどの蒸留所が あった町で、蒸留所通りという道路名も残っている。この町にはもう一ヵ所蒸留所が あり、ひと昔前まではグレンモア社が稼動させていた。その後UD社に買収され、現 在は「バートン・ブランズ社」のボトリング・ファクトリーに姿を変えている。

現在の「チャールズ・メドレー社」は歴史のある蒸留所である。旧メドレー社時代に 蒸留所を売却し、一時グレンモア社の所有となった。その後旧UD社傘下となったが、 三年前、現社長のC・W・メドレー氏が買い取り、長年情熱を注いできた自らのバー ボン造りを復活させ、シングルバレル・バーボン〈ワッセンズ〉を造り上げた。自分 が貯蔵する秘蔵の樽を選び、ほとんど家族による手作業の瓶詰めを行い、銘酒〈エズ ラ・ブルックス〉に優るキレのあるバーボンが誕生した。十月から廣屋インターナシ ョナルが発売する。

同じくオーエンズボロにある「バートン・ブランズ・ボトリング社」は現在UDV社 (ユナイテッド・ディスティラーズ&ヴィントナーズ)傘下であり、ルイビルの「U DV・バーンハイム・プラント」で蒸留された〈I・W・ハーパー〉〈オールドチャ ーター〉〈フィッツジェラルド〉などが完全に分業化され、ここで瓶詰めされている。 その他の銘柄も瓶詰めされており、年間600万C/Sのバーボンが、各蒸留所からタン クローリーでここに運ばれてくる。

二日目、オーエンズボロを離れ、ハイウェイを延々四時間ひた走り、州都フランクフォ ートへ着いた。目指すは「エンシェント・エイジ蒸留所」である。ウェアハウス(貯蔵 庫)はレンガ造りで、なかには100年も続けて使っている建物もあった。マスター ディスティラーのG・ゲーハート氏の案内で新旧入り混じった工場を見学する。禁酒法 後、最初に200万樽を造ったのはこの蒸留所で、70年代までは他社の追随を許さぬ トップブランドであった。その後、銘酒〈ブラントン〉を開発し、プレミアム路線の先 駆となったが、シェンレー社を経て、宝酒造の子会社「エイジ・インターナショナル社」 の所有になってから、ますます〈ブラントン〉の生産にシフトしていく。現在でも〈ブ ラントン〉の最終テイスティングは名誉顧問であるエルマー・T・リー氏によるが、H 倉庫に入りまず感じたのはスレート造りだが、レンガ造りの倉庫と変らぬ温度に保たれ ていたことである。元祖シングルバレルの〈ブラントン〉の製造過程を取材し、一樽ご とに小さなタンクへ抽出している姿を見て、一樽から120本しか生産できない理由が よくわかった。一樽は約250l、750ml瓶で加水して350本程のバーボンが造ら れる。

フランクフォートでは、ぜひ見学したかった蒸留所があった。それは旧オールドグラン ダッド工場で、現在は「ジムビーム」のプラント工場に変わっている。昔の蒸留所の面 影はなく、ここでは〈オールドテーラー〉〈オールドクロウ〉〈オールドグランダッド〉 など、日本でもなじみのある銘柄の瓶詰めが行われている。

三日目のスケジュールは少々ハードだった。まず、フランクフォートから州最大の都市 ルイビルへ移動し、現UDVの「バーンハイム・プラント」を取材した。蒸留所の看板 はまだ旧UDのままで、説明によれば合併後の処理が遅れているとのこと。ここでは日 本市場でのトップブランド〈I・W・ハーパー〉の蒸留を行っており、穀物の調合から 蒸留に至るまで完全にコンピュータ化されている。六年程前に工場を一新し、その完璧 な工程は各蒸留所のうちでも最新鋭のシステムといえる。

一方、すぐ隣にある「ブラウン・フォーマン社」は日本のサントリーと同じ総合酒造メ ーカーである。マスターディスティラーのL・ヘンダーソン氏の案内で、各プラントを 訪れた。本社の建物は10年前まで樽の貯蔵庫であって、〈オールド・フォレスター〉 が誕生した歴史のある建物である。ルイビルには〈アーリータイムズ〉のプラントも持 ち、盛んに稼動していた。テネシー州では〈ジャック・ダニエル〉を蒸留している。三 つのプラントの樽はすべて同社の製樽工場「ブルーグラス・クーパレッジ」で造られて いる。

バーボンウイスキーの重要な香りであるバニラ香は、樽を下焼きする〈トースト〉段階 で決められる。原酒が樽にしみ込んでいく過程で、トーストによってバーボン独特の香 りが決まる。その後行う本焼き(チャー)は、味わいと色を確定する要素となる。バー ボンの場合はトーストの段階がいかに重要かを教わった。

ブラウン・フォーマン社は、バセルズにある休止していた「ラブロー&グラハム蒸留所」 を94年復興し、96年から蒸留を始めた。ケンタッキー唯一の三つの銅製ポットステ ィルを使い、よりピュアなシングルモルトバーボンを目指す。蒸留所は絵に書いたよう なきれいな建物で見学コースも充実しており、昨年だけで二万七千名もの人々がここを 訪れたという。同蒸留所は19世紀に〈オールド・オスカー・ペッパー〉を製造した名 門の工場で、バーボンのふるさとを知る上でとても重要な蒸留所といえる。アロマの神 様、L・ヘンダーソン氏と出会えたことだけで胸が熱くなった。日本が大好きな氏に〈 L&G〉の感想を伝えたが、9月下旬から日本でもサントリーが発売したこのバーボン の前途に期待してやまない。

次に、ローレンズバーグにある〈ワイルドターキー〉へ向かった。じつは帰国してから 日本ヒューブラインの活動終止(来年1月末)を知ったが、同社が20年にわたり拡売 してきた功績に心から感謝したい。〈ワイルドターキー〉の蒸留所である「ブールバー ド社」はずいぶん前にフランスのペルノ・リカール社に買収された。独特の味わいは日 本でも多くのファンをつくり、その頑固な造りは、まねのできないものとなっている。 今回訪ねた時はまだ蒸留を十月に控えた時であったのでひっそりとしていた。同夜は、 ケンタッキー第二の都市レキシントンに泊った。その昔、このあたりにも蒸留所があっ たが、今はない。残っているものといえば、隣のジョージタウンにある〈エライジャ・ クレイグ〉の碑だけである。

三日目は朝早く活動を始めた。ローレンスバーグにある「シーグラム蒸留所」で行われ るモーニングセミナーに出席するためである。シーグラム社はここで〈フォアローゼス〉 を蒸留し、同じケンタッキー州にあるコックス・クリークの一階建て貯蔵庫で丁寧に熟 成させ、隣のインディアナ州にあるなぜか同名の場所で瓶詰めを行っている。〈フォア ローゼス〉のあの独特の香りはオリジナルなイースト菌から生まれる。蒸留したばかり の透明な原酒には、アルコールの匂いよりもフレーバーの方が勝っている感じを受けた。

取材を終え、急ぎ「ジムビーム社」のあるクレアモントへと向かった。ここはめったに 蒸留所内は見学できない。特別に許可をもらい(写真撮影は禁止されたが)、同じチェ コから来た酒類関係者と一緒に見学した。ジムビーム社はアメリカ最大のバーボンメー カーで、1分間に200本の製造能力を持つ瓶詰めラインなどを見学する。現地では〈 ジムビーム〉はトップブランドで、特大瓶がよく売れているようだ。日本人としてはめ ったに見学できないボストンにあるプラント2も含め取材した。一緒に見学した人々の 国、チェコは開放されて五年程だが、日本を抜いて〈ジムビーム〉の輸出先国第五位と なったそうである。

次いで、バーズタウンにある「ヘヴンヒル蒸留所」に行く。ここは二年程前、貯蔵庫が 火災にあって七ヵ所ほど焼けてしまった。蒸留工場も延焼して、今でも焼けたままの姿 である。しかし、残った貯蔵庫の数は35もあり、世界で第二位の規模を誇る。近くに は〈ヘヴンヒル〉の原酒を樽で買ってボトリングしている工場があった。「DSP-KY78」 (別表参照)はここのことで、〈ジョニードラム〉をはじめ、 昨今日本に入ってきたブランドの瓶詰元である。

四日目は、まず「メーカーズマーク社」を訪ねた。以前来た時と同じたたずまいで、ロ レットの片田舎で静かに動いている。ここのブランド戦略はバーボンメーカー随一で、 毎年発売される記念ボトルは地元で行列ができるほどプレミアム化しており、特に同社 が開発した封蝋の技術は他社もまねをする個性あるパッケージである。次にバーズタウ ンにある「バートン・ブランズ社」に行った。銘酒〈トム・ムーア〉や〈バートン〉を 製造する同社の元会長のオスカーゲッツ氏は「バーボン博物館」をつくった功労者でも ある。

●バーボン・フェスティバル

「バーボン・フェスティバル」のフィナーレは、バーズタウン近くの公園内で毎年開か れるガラ・パーティーである。蒸留会社役員をはじめバーボン業界関係者、各団体代表、 プレスなどが参加し、各メーカーのバーボンをテイスティングしながら懇談するという 日本でもよくあるスタイルである。今年は総勢千人近くもの関係者が出席したが、チケ ットは瞬く間に売り切れてしまったらしい。これも好景気のせいなのだろうか。昼間、 地元でバーボンファンの若者三人が「ぼくらもガラに出席したいが百ドルもするので行 けない」と話していたのが気になった。マンネリに陥るのはどこの国のどのイベントに もつきまとうものだが、今年で六回目となるバーボン・フェステバィルもひとつの転換 期にきていると感じた。アメリカではこの五年間にバーボンに対する再認識が高まり、 プレミアム品などの需要が広がってきた。買収合併などによりブランド淘汰が進むなか で、個性のある商品を市場に問うメーカーも少しずつではあるが現れてきている。

輸出することによって国内の不振をカバーすることも確かに重要な戦略であったが、私 としては今は、アメリカの国内のようすをじっと見守っていたい心境である。この15 年余り、日本人はバーボンブームなどいろいろ騒いできたが、少し時間をおいた方がい いと思う。バーボンはアメリカの「国酒」なのだから、我々がとやかくいうよりも、ケ ンタッキーのメーカーの方々の考えにゆだねよう。きっと21世紀初めには個性あるバ ーボンが登場してくるであろう。

蒸留所の貯蔵庫でゆっくり熟成の時を重ねている樽が、そんな独り言をつぶやいていた ように、私には聞こえた。

【ケンタッキー州の蒸留所・瓶詰プラント一覧表】

〈ルイビル地区〉
  1. バーンハイム・プラント(No.1)*
  2. スティッツェル・ウェラー・プラント(No.16)
  3. プラウン・フォーマン(No.414)*
〈フランクフォート地区〉
  1. エンシェント・エイジ(No.113)*
  2. ジムビーム・フランクフォートプラント(No.14)*
  3. ストーンキャッスル(No.53)
  4. ラブロー&グラハム(No.52)*
〈クレアモント地区〉
  1. ジムビーム・クレアモントプラント(No.230)*
  2. ジムビーム・ボストンプラント(No.230)*
〈ローレンスバーグ地区〉
  1. ワイルドターキー(No.67)*
  2. フォアローゼス(No.62)*
  3. オールドコモンウェルズ(No.112)
〈バーズタウン地区〉
  1. ヘブンヒル(No.31)*
  2. ウイレット・ディスティリング(No.78)
  3. バートン・ブランズ(No.12)*
  4. メーカーズマーク(No.44)*
〈オーエンズボロ地区〉
  1. チャールズ・メドレー(No.10)*
  2. バートンブランズ・ボトリング(No.24)
《注》竹内弘直調べ。*印は現在稼動している蒸留所。
カッコ内のNo.数字は蒸留所製造認可番号を示す。 「DSP-KY-123」などと記載される。
DSPはディスティル・スピリッツ・プロデューサー(酒精蒸留者)のことで、 KYはケンタッキーの略。