1999/10/11 竹内弘直

竹内弘直のテネシーウイスキー紀行

--緑の森のウイスキー--

日本バーボンウイスキー普及協会専務理事・東京支部長 竹内弘直

4mのチャコール・メロウイング槽に一滴一滴、時間をかけてたらす。
下まで出てくるのに10日間ほどかかる。
この気の長い製法により、テネシーウイスキーの個性が誕生する。

   九月中旬。私は来年二月に出版を予定しているバーボンウイスキーの本(最新カタ ログ)の取材のため渡米した。ケンタッキー州は何度も訪れているが、今回はぜひテ ネシー州にも行ってみたかった。今では二ヵ所だけになってしまった蒸溜所を取材し た。

●リンカンウイスキー

   現在のテネシーウイスキーは、「チャコール・メロウイング製法」までは、バーボ ンウイスキーの製法とほとんど同じであるが、関係者達は、あくまでも「テネシーウ イスキー」と頑固に主張する。

   戦時中の1941年、ジャック・ダニエルの甥の息子、R・モトロウが政府に対し て「テネシーウイスキーはバーボンウイスキーではなく、蒸溜後、メイプルの炭で濾 過してから熟成させる独自の製法である」と主張し、それが認められてから、今日の テネシーウイスキーの個性がある。

   しかしその昔、〈ジャックダニエル〉や〈ジョージディッケル〉はテネシー州リン カン郡にあったので、バーボンウイスキーがバーボン郡から名付けられたように、も しかしたら今頃はテネシーウイスキーではなく「リンカンウイスキー」と呼ばれてい たかもしれない。だが、製法が確立する前に郡の名前が消えてしまったので幻の由来 となってしまった。

●巨大なJD蒸溜所

   私は現地を訪れる前に、〈ジャックダニエル〉は本当に広告などにあるように小さ な町の蒸溜所で、なぜ世界の十指に入る生産量を誇っているのか、不思議であった。 テネシーウイスキーの代表〈ジャックダニエル・ブラックラベル〉は現在、世界100ヵ 国余りに輸出しており、日本でも毎年アメリカンウイスキーの中ではベスト5に必ず 入っている販売量である。しかし、私のそんな事前の考えなどは、森の中にそびえる 巨大な蒸溜所を見学して一気に吹き飛んでいってしまった。

   テネシー州第二の都市ナッシュビルから東南に国道24号線を車で一時間ほど走ると、 マンチェスターの街に入る。そこから西南に斜めに州道55号線が伸びていて、なだら かな道をしばらく走ると、途中に『ジョージディッケル蒸溜所』があるタラホーマの 町に入る。中心地は古い50年代の街並みが多いが、少しはずれると現代的な大型スト アや駐車場つきのレストランなどがあり、まるで日本の郊外のようである。

   目指す『ジャックダニエル蒸溜所』はそこから10マイルほど先にある。途中静か な森の中を抜ける道をひた走り、シンボルのブラックラベルの大きな看板がひときわ 目立っている場所…森の中にたたずむ蒸溜所に着いた。

   ここの熟成庫(ウェアハウス)の数はなんと47ヵ所あり、森の中に点々と建って いる。マスターディスティラー(製造責任者)であるジミー・ベットフォード氏の案 内で施設に入る。

   まず驚いたのは、発酵槽が48基もあることだ。コーン80%、ライ麦8%、バーレ イモルト12%の割合でマッシュをつくる。セットバックと呼ばれるサワーマッシュは 20%入れる。前日発酵したビールから分離されたマッシュを加えphを下げることによ り、バクテリア等の増殖を抑え、発酵が良好にできる。したがって現在、割合は各社 さまざまだが、ほとんどがこの製法を行っている。

   六日間発酵させて、コラムスティル(蒸溜器)と呼ばれる筒型のステンレス製蒸溜 器へ原料を送る。19層の中をビールが上から下へ流され、下から蒸気(華氏204 度)を送りつづけ、約140プルーフ(アル分70%)のアルコールをつくる。次に、 ダブラーと呼ばれる単式蒸溜器で再蒸溜され、冷却された後、ピュアで透明なウイス キーができあがる。

   ここまでの工程はバーボンウイスキーと同じであるが、〈ジャックダニエル〉がテ ネシーウイスキーと言われる理由は、この蒸溜した透明なウイスキーを、サトウカエ デの木を燃やして炭にして細かくチップ状に砕いたものを詰めた4mの槽に一滴一滴 時間をかけてたらすことにある。このメロウイングの槽が48基もある。

   一分間に8分の1ガロンの量をたらすが、下まで出てくるのに10日間ほどかかる。 この気の長い作業をすることが、テネシーウイスキーの製法であり、これにより、ア ルコールに含まれるフィシェルオイルやコーンオイルなどの良くない成分を取り除き、 マイルドな味わいにする役目があるという。

   『ジャックダニエル蒸溜所』は蒸溜器を4基有し、48基ずつある発酵槽やメロウ イング槽によって、より多くの需要に応えられる生産体制あると言える。アメリカで はインディアナ州の「シーグラム蒸溜所」、ケンタッキー州に三ヵ所ある「ジム・ビ ーム社」などに次いでNo3の規模ではないかと私はみる。

●熟成年数にとらわれない

   56年にジャックダニエル社は、ケンタッキー州ルイヴィルに本社がある「ブラウン フォーマン社」の傘下となった。ブラウンフォーマン社のバーボンは、熟成年数の長 さだけでウイスキーの味を判断せずに、ある時期の一番味の良いウイスキーをテイス ティングによって決める方法を採用している。このため〈オールドフォレスター〉 〈アーリータイムス〉〈L&G〉などはすべて年数表示がない。〈メーカーズマーク〉 も同様だ。

   これは、ブラウンフォーマン社のマスターディスティラーであるR・ヘンダーソン 氏の考えによるものであり、氏は12年物などのバーボンはあまり好まない。アメリカ のウイスキーは熟成年数6年から8年が良いと考えられているが、ヘンダーソン氏は 「4年物でも十分熟成感に満ちたテイストである」としている。

   〈ジャックダニエル〉の場合も同じだ。47ヵ所の熟成庫はほとんどが7階建てで、 その最上階の7階では夏はとても暑く最も早く熟成する。4階は中間層で熟成は平均 している。一番下の1階は夏でも比較的涼しい場所にあるので熟成が最も遅い。ブラ ウンフォーマン社の考え方は、例えば4年物でも上中下の三ヵ所の樽の原酒を合わせ れば、一番理想的な味をつくることができるというものである。熟成年数を経るにつ れ樽の強い木香が原酒にしみ込み、良いテイストとならないケースもあり、〈ジャッ クダニエル〉の場合も一番良い熟成年数(ほとんどが4年)で造っている。

   テネシーウイスキーのもうひとつの蒸溜所、『ジョージディッケル社』はタラホー マの町から少しはずれた森の中にひっそりと建っている。しかし、旧UD社とIDV 社との合併(UDV社発足)の影響のため、工場は残念ながら休止していた。一部で は〈ジャックダニエル〉よりも古い蒸溜所で、製品にNoを付けたのはこちらが先とも 言われている。

   すぐ前にきれいな川が流れていて、イワナであろうか、たくさんの群をなして泳い でいた。『カスケード・ディスティラリー』の復活を強く願う。

●ナッシュビルの夜

   ジャックダニエル社は、想像していた以上に巨大なウイスキー蒸溜所であった。世 界各国で飲まれているのも頷ける。そして、ケンタッキー州と南北隣り合わせのテネ シー州は地形も風土もまるで違ってしまう不思議なところであった。テネシー州ナッ シュビルはカントリーミュージックの本場である。今回取材をしていて、ケンタッキー やテネシーはやはり、ジャズよりもカントリーがよく似合うと思った。

   日本へ帰る前夜、ナッシュビルのオープリーランドホテルで夕食をとっていると、 突然ピアノ演奏がはじまり、噴水が七色に変わって人々が踊りだした。私はその光景 に感動し、テネシーウイスキーを注文した。ウエイターが持ってきたのは〈ジャック ダニエル〉。演奏は日本でもおなじみのテネシーワルツに変わっていた。グラスを持 ち上げ、ナッシュビルの夜に乾杯をした。